

制作記(4)_ Field Notes from Within.
図録撮影の時のこと。とても広いスペースとなる場所で撮影を行った時。 広く暗い空間に、その作品だけが静かに佇んでいた。 展示作業を終えて、作品の向かいになる壁に背中をあてて、遠くからしばらく作品を見つめていました。 あの時間、あの空間、とてもよかったな。 ______________________________ 制作記(4)_ Field Notes from Within. ー閾(一) そこは不思議な光景だった。 境界が消えてゆく。 確かにそこにはあるのに。 だとするなら、なにが消えていってるのだろう。 境界が持つ、その〝意味〟が失われはじめるように感じた。 自ら望んでいたはずだった。 それなのに私は混乱していった。 それは、これまでの感覚さえまでもが 消えていったからだと思う。 すべてが虚構のように思えてきた。 この感覚のまま、世界と向き合っていくことになるのだろうか。 ここに留まり続けることは、危ないことなのかもしれない。 そう思いながら、立ち尽くしていた。 (『Field Notes from Within』より) ...
9月12日


制作記(3)_ A Record of Cogitations.
________________________________________ ー 五、角 「もしもの時は、重くなり過ぎたその角を、自ら切り落とすことができるようにと。」 角はいつの間にか、また大きく、より膨らみを増し、 気づけばどうしようもない重さとなっていた。 身体にのしかかるその重さで、もう足を出すこともできない。 待つことしか、もうなかった。 | あれほど頑なに握りしめていたものは、なんだったのだろうか。 角は切り落ちたはずなのに、 なにも失っていない感覚だけが残った。 | 私の中に、まだ種はあり、これから先もまた その姿を見せてくるだろう。 その度に、落ちて、また忘れて、気づいて。 そう、まだ、しばらくは。 けれど、この先のどこかで、 足元に落ちた角を、懐かしく見ている自分がいるのだろう。 これがあったからこそ、と。 土に還ってゆく姿を、微笑ましく見つめている自分がいるのだろう。 (『A Record of Cogitations.』より)
9月7日


制作記(2)_Field Notes from Within
制作記録を制作過程の写真と一緒に載せていこうと思ったのだけど、 写真を見返してみると、制作風景はほぼ撮ってなかったことに気づいた... いつももう少し残しておこうとか思うのだけど、制作に入るとつい忘れてしまう。 こうして、制作中の写真を見ると、 一瞬にして制作途中の作品の前にいる、あの場所へと入ってゆく。 あの時の和紙や墨の匂い、和紙の上を走らせる、墨だらけの手の感覚。 雪の季節だった。飛び散った墨や絵の具の付いたちょっと冷たい素足の感触。 この作品で、私の前に立ち上がってきた言葉があった。 “既憶”という言葉だった。 ______________________________ ー既憶(一) 移りゆく風景は、いつも私の足と心を呼び止める。 昔にも見たような景色を重ねている私がいる。 今が薄れてゆく。 その時、私は、今の景色を通り、過去の中へ入ってゆく。 パチン、と、誰かの指を鳴らすように。 その瞬間、今に戻ってくる。 そんな時、いつも思うことがある。 この今も、本当は、 未来の私の記憶の中なのではないだろうか、と。 記憶はどこにあるのだろう。
9月2日